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富山地方裁判所高岡支部 昭和31年(ワ)138号 判決 1961年12月26日

原告 株式会社伊藤制作所

被告 株式会社毎日新聞社

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

(一)  訴外更生会社高岡製紙株式会社(もと興進製紙株式会社)に対する富山地方裁判所高岡支部昭和三一年(ミ)第一号会社更生事件について、被告の右更生会社に対する昭和三一年二月一日付建設資金貸借契約についての同日付抵当権設定契約による抵当権に基く債権額金三、〇〇〇万円および同日付商取引上の前渡金契約についての同日付根抵当権設定契約による債務元本極度額金一、〇〇〇万円の根抵当権に基く債権額金三、三六八、七五〇円の各更生担保権が存在しないことを確定する。

(二)  右更生会社が別紙目録<省略>記載の土地建物および機械器具につき、昭和三一年二月一日付で、被告との間になした、同日付建設資金貸借契約についての債権額金三、〇〇〇万円の工場抵当法第三条による抵当権設定契約ならびに同日付商取引上の前渡金契約についての債務元本極度額金一、〇〇〇万円の同法条による根抵当権設定契約をいずれも取消す。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求の原因として、

(一)  訴外更生会社高岡製紙株式会社(当時興進製紙株式会社、以下単に更生会社と略称する)は、昭和三〇年五月二七日同会社高岡工場内にあつたフオドリニヤ式長網抄紙機が同工場の火災により焼毀したので、同年六月二三日原告に右罹災抄紙機の復旧改修工事を注文し、原告はこれを請負つて右工事を完了し、同年一二月末これを同会社富山工場内に据えつけて同会社に引渡した。よつて原告は同会社に対し右請負代金およびその後の補修代金の未払残金九、九八七、四五二円の右抄紙機に対する先取特権付の債権を有し、なおほかに七六吋長網抄紙機製作注文契約手付金六二五万円および立替金一七五万円の各債権を有するに至つた。しかるに右更生会社は昭和三一年四月三日富山地方裁判所高岡支部に対し会社更生手続開始の申立をなし、同庁は同年六月八日同会社に対する会社更生手続開始の決定をなしたので、原告は同庁に対し前記各債権を更生債権として届出たものである。

(二)  ところで右更生会社は、別紙目録記載の土地建物および機械器具につき工場財団を組織したうえ、昭和三一年二月一日付で被告との間に、同日付建設資金貸付契約による金三、〇〇〇万円の債務および同日付商取引上の前渡金契約による元本極度額金一、〇〇〇万円の債務を担保するため、工場抵当法第三条による抵当権および根抵当権の各設定契約を締結したと称し、同年三月三一日その各登記手続を了し、その後被告は前記更生手続において被担保債権額を金三三、三六八、七五〇円とし別紙目録記載の物件を目的とする更生担保権の届出をしたものである。

(三)  しかしながら、右更生会社は、昭和二九年六月頃会社更生法に基かない方法で大口債権を棚上げし銀行から再建資金の融資を受けて更生を図つたが所期の業績をあげえず失敗に終つたことがあるほか、昭和三〇年同会社の高岡工場が火災に遭遇したとき再度大口債権者に支払の猶予を懇請し銀行から再建資金の融資を仰いで経営の建直しを図つたが失敗した実績があり、しかも同会社は本件抵当権および根抵当権を設定した月と同じ月の末すなわち昭和三一年二月末に金一、五〇〇万円、次いで同年三月末には金二、〇〇〇万円の各不渡手形を出して支払を停止し、さらに同年四月三日には会社更生手続開始の申立をしているのであつて、本件抵当権および根抵当権設定当時同会社が倒産寸前の状態にあつたことは明白である。また当時同会社の資産のうち、高岡工場には北陸銀行はじめ十数名の債権者に対する抵当権または根抵当権が設定されていて、一般債権者の一般的担保としては別紙目録記載の物件が存するのみであり、その他は隠匿が容易で執行が困難なものばかりであつた。そしてまた本件抵当権および根抵当権の設定登記がなされた昭和三一年三月三一日は同会社が会社更生手続開始の申立をなすわずか三日前であり、しかも右各設定契約を締結したと称する同年二月一日からは約二ケ月も経過しているのであつて、かように長期間未登記のままの状態にしておくことは社会一般の取引常識に反し、ことに被告のような大会社においてはきわめて不自然である。さらに本件抵当権の被担保債権金三、〇〇〇万円は形式上昭和三一年二月一日付資金貸付契約によるものとなつているが、実際は以前から存在していた商取引上の前渡金債権を同日更改したものである。

以上の事情からみて、本件抵当権および根抵当権は被告と右更生会社とが通謀して同会社の会社更生手続開始の申立に先立ちその直前に日付を遡らせて設定契約証書を作成し登記手続を了したものであるとの疑いが濃厚であるのみならず、かりに各設定契約が真実昭和三一年二月一日に締結されたものであるとしても、該設定契約およびその登記の結果、原告等一般債権者が(原告は前記工場財団の組織および抵当権設定によりその先取特権を失うに至つたものである)その一般的担保を奪われ著しく利益を害されたことは明らかであり、このことは当時右更生会社において知悉していたところである。

(四)  よつて原告は前記更生手続において被告届出の更生担保権すなわち本件抵当権および根抵当権につき異議を申立てたうえ、ここに被告と右更生会社との間になされた右抵当権および根抵当権の各設定契約の取消を求め、あわせて前記異議の正当なことの確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

被告主張の抗弁事実を否認し、本件抵当権および根抵当権設定当時被告も該行為が原告等一般債権者を害することを知悉していたものであると述べ、

被告主張の本案前の抗弁に対し、

被告主張のように原告が更生担保権者表の更正申立をなしこれに対し却下決定がありかつ、該決定が確定したことならびに原告が更正計画認可決定に対し名古屋高等裁判所金沢支部に即時抗告の申立をなしこれに対し棄却決定がなされそして該決定が確定したことは認めるが、これらの決定においては被告の本件抵当権および根抵当権が訴訟物ではなく、右権利の存否につき確定力をもつものではないから被告の本訴請求はいわゆる一事不再理の原則に抵触するものではない。

そして右会社更生事件において更生債権および更生担保権調査のための一般期日は昭和三一年八月三〇日に開かれたが同日中には終了せず、その後さらに同年一〇月五日、一一月二日、一一月一六日と続行され、右一一月一六日の続行期日において原告の代理人は被告届出の更生担保権すなわち本件抵当権および根抵当権全額につき異議を述べ、その後法定期間内に本訴を提起したものである。しかるに同事件における更生担保権者表の調査の結果欄には「昭和三一年八月三〇日調査期日において異議なく確定」と記載されているが、これは更生債権および更生担保権調査のための第一日目の期日に異議が述べられなかつたならば該更生債権および更生担保権はその日に確定しその後の続行期日においてはもはや異議を述べることはできないという誤つた考えに基き記載された明白な誤謬である。

すなわち期日が一日で終らせずさらに続行された場合該期日と続行期日とが一体性をもつものであることは明らかであり、更生債権および更生担保権に対する異議は調査期日の終了までに述べればよいのであつて調査期日が終了しない間に更生債権および更生担保権が確定することはありえないものであり、さらに裁判所が調査期日に一定の段階を設けてそこで更生債権および更生担保権を確定させうるものでもない。従つて原告の前記異議の申述は適法であり被告の本件更生担保権はいまだ確定していないものである。

またかりに被告の右更生担保権がすでに確定しているとしても、本件詐害行為取消の訴により右更生担保権の設定行為を取消し前記確定力を覆すことは可能である。と述べた。<証拠省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

本案前の抗弁として、被告の本件更生担保権は富山地方裁判所高岡支部昭和三一年(ミ)第一号会社更生事件につき同年八月三〇日開かれた更生債権および更生担保権調査期日において管財人および更生債権者、更生担保権者全員から異議なく承認されて確定したものである。そして右事件の更生債権および更生担保権調査期日はその後数回続行され、、昭和三一年一一月一六日の期日において原告は被告の本件更生担保権に異議を述べ、次いで本訴を提起するとともに更生担保権者表の更正申立をなしたが、昭和三二年一〇月三日右申立に対する却下決定があり、かつ、該決定は確定し、さらに同月一〇日更生計画認可決定がなされたところ原告は同決定において被告の右更生担保権が認められていることを不服として名古屋高等裁判所金沢支部に即時抗告の申立をなしたが、昭和三三年八月二二日右申立に対する棄却決定がなされそして該決定は確定したのである。従つて被告の本件更生担保権はすでに確定しており原告の本訴請求はいわゆる一事不再理の原則により棄却さるべきものである。と述べ、

請求原因に対する答弁として、原告主張の請求原因事実中訴外更生会社が昭和三一年四月三日富山地方裁判所高岡支部に会社更生手続開始の申立をなしこれに対し同庁が同年六月八日同会社に対する会社更生手続開始決定をなしたこと、原告がその主張のような更生債権の届出をなしたこと、被告が右更生会社より本件抵当権および根抵当権の設定を受けその登記手続を了したことおよび被告が原告主張のような更生担保権の届出をなしたことの各事実は認めるが、原告が右更生会社よりその主張のような抄紙機復旧改修工事を請負い該工事を完了してこれを同会社に引渡したことは不知であり、その余の事実はこれを争う。

前記更生会社がその富山工場の操業を開始したのは昭和三一年二月一日であり同会社はこの時はじめて新聞巻取紙の製造を開始したものであつてそれ以前は被告との間に取引関係はなかつたのである。すなわち、右更生会社は富山工場に新聞巻取紙の製造設備を設けて昭和三一年二月一日よりその操業を開始するとともにその製品の一手購入方を被告に申込み、被告はこれを承諾してその購入のための前渡金を同会社に渡しこれにつき本件抵当権および根抵当権を設定したものである。かように右両者間に取引関係が生じたのは前記一手購入契約を締結した昭和三一年二月一日以降であつてそれ以前においては右会社は新聞巻取紙の生産をしていなかつたのであるから被告との間に取引はなく、従つて原告主張のように過去の前渡金あるいは従来から存していた債務について抵当権を設定したということはありえないのである。もつとも抵当権設定登記は該契約時より約二ケ月後になされているがこれは登記申請書類の整備等に日時を要して申請が遅れたためである。と述べ、

抗弁として、かりに本件抵当権および根抵当権設定行為が原告等一般債権者を害するものであつたとしても被告は当時右事実を知らなかつたものであると述べた。<証拠省略>

理由

まず被告主張の本案前の抗弁を含め本件訴の適否について判断する。

訴外更生会社高岡製紙株式会社(当時興進製紙株式会社)が昭和三一年四月三日当庁に対し会社更生手続開始の申立をなし、当庁が同年六月八日同会社に対する会社更生手続開始決定をなしたこと、原告が当庁に対しその主張のごとき更生債権の届出をなしたことおよび被告が当庁に対し原告主張の本件更生担保権(抵当権および根抵当権)の届出をなしたことは当事者間に争いがない。

そして成立に争いのない甲第一六ないし第一九号証および乙第二号証によると次の事実が認められる。

(1)  前記更生会社に対する当庁昭和三一年(ミ)第一号会社更生事件につき、昭和三一年八月三〇日更生債権および更生担保権調査期日が開かれ該期日において、管財人は竹田治三郎届出の更生債権全額につき異議を述べ、また管財人および更生会社代表者は清水建設株式会社届出の更生担保権ならびに余多分勇子、野村米次郎、本田菊五郎、株式会社伊藤製作所(本訴原告)、飯塚産業株式会社、株式会社野崎重兵衛商店、株式会社井出機械製作所、昭和機工株式会社、北陸砂利鉱業株式会社、株式会社中井商店、株式会社関口商店、中外物産株式会社および金沢国税局各届出の更生債権については調査未了につきこの分についてのみ調査期日の続行を求める、その余の届出更生担保権および更生債権については異議がないと述べ、次いで出席の各更生担保権者および更生債権者は各届出の更生担保権および更生債権につき異議がないと述べた。

そこで裁判長は管財人および更生担保権者、更生債権者において異議なき届出更生担保権および更生債権はそれぞれ更生担保権および更生債権として確定する、管財人および更生会社代表者において調査未了の前記届出更生担保権および更生債権の調査のため該期日を続行する旨を告げ、次回期日を同年一〇月五日午前一〇時と指定して言渡した。

(2)  次に同年一〇月五日の調査期日において、管財人は株式会社井出機械製作所届出の更生債権の一部について異議を述べ、また管財人および更生会社代表者は清水建設株式会社届出の更生担保権ならびに余多分勇子、野村米次郎、本田菊五郎、飯塚産業株式会社株式会社、野崎重兵衛商店、昭和機工株式会社、北陸砂利鉱業株式会社、株式会社中井商店、株式会社関口商店、中外物産株式会社および金沢国税局各届出の更生債権ならびに前回期日後に届出のあつた更生債権については異議がない、株式会社伊藤製作所届出の更生債権についてのみ調査未了のため調査期日の続行を求めると述べ、次いで出席の各更生担保権者および更生債権者は各届出の更生担保権および更生債権につき異議がないと述べた。

そこで裁判長は管財人および更生担保権者、更生債権者において異議のない届出更生担保権および更生債権はそれぞれ更生担保権および更生債権として確定する、管財人および更生会社代表者において調査未了の前記株式会社伊藤製作所届出の更生債権の調査のため該期日を続行する旨を告げ、次回期日を同年一一月二日午前一〇時と指定して言渡した。

(3)  次に同年一一月二日調査期日においては、管財人および更生会社代表者より前記株式会社伊藤製作所届出の更生債権についてはいまだ調査未了のため該期日の延期を求める旨の申出があり、裁判長は該期日を延期する旨を告げ、次回期日を同年一一月一六日午前一〇時と指定して言渡した。

(4)  そして同年一一月一六日の調査期日において株式会社伊藤製作所代理人は同会社届出の更生債権中第三号抄紙機復旧改修工事請負代金および補修代金残一〇、九八七、四五二円を九、九八七、四五二円に、また七六吋長網抄紙機製作注文契約手付金一、五〇〇万円を六二五万円にそれぞれ減額訂正すると述べ、これに対し管財人および更生会社代表者は右減額訂正になつた債権額の更生債権については異議がないと述べた。そこで裁判長は右株式会社伊藤製作所の訂正届出更生債権は更生債権として確定する旨告げた。次いで右株式会社伊藤製作所代理人は、同会社の九、九八七、四五二円の更生債権についてはその修理した第三号抄紙機等につき先取特権があるが右機械は株式会社毎日新聞社(本訴被告)の抵当権の目的物件となつているので、この点につき同会社の更生担保権に異議があると述べた。そして裁判長は以上で全届出の更生債権および更生担保権の調査が終了したので調査期日を閉じる旨告げた。

(5)  しかして右各期日において株式会社伊藤製作所代理人は常に出席していたものである。

(6)  そして右会社更生事件の更生担保権者表には株式会社毎日新聞社の本件各更生担保権につき昭和三一年八月三〇日の調査期日において異議なく確定した旨の記載がある。

なお、原告の全立証によるも右更生担保権者表の記載が誤りであることを認めることはできない。

また、原告において右更生担保権者表の記載が誤りであるとして当庁にその更正決定の申立をなしたが昭和三二年一〇月三日右申立に対する却下決定がなされそして該決定が確定したことは当事者間に争いがない。

以上の事実からみれば、前記被告届出の更生担保権すなわち本件抵当権および根抵当権は前記昭和三一年八月三〇日の更生債権および更生担保権調査期日において異議なく確定したものというべきである。

すなわち、たとえ調査期日が一日で終了せずその後さらに何回かにわたつて続行されたとしても、すべての届出更生債権および更生担保権が全期日の終了まで確定せずこれに対する異議が右終了まで際限なしに許されるものと解すべき法的根拠はなく、反つてある調査期日において管財人および利害関係人から異議のないことの明白な届出更生債権および更生担保権については爾後これを確定したものとして取扱うのが相当であると解する。けだし、かく取扱うことはむしろ更生債権および更生担保権の確定手続を迅速に終了せしめんとする会社更生法の趣旨に副い合理的であるからである。

さらに詳言するに、これを本件についてみれば、昭和三一年八月三〇日の調査期日においては、管財人から異議のあつた竹田治三郎届出の更生債権ならびに管財人および更生会社代表者において調査未了のためこの分についてのみ調査期日の続行を求めると求べた清水建設株式会社届出の更生担保権および余多分勇子外一二名届出の更生債権を除き、その余の届出更生債権および更生担保権については管財人および利害関係人(原告会社代理人も出席していた)の誰からも異議が述べられず、むしろ積極的に異議なき旨を言明したので裁判所はこれを異議なく確定したものとして取扱い、管財人および更生会社代表者において調査未了のため異議の有無を表明することができなかつた前記の分につき調査期日を続行することにしたのであるから、右期日当時すでに届出済であつた本件更生担保権は右期日において確定したものというべきである。しかるに、その後原告の代理人は昭和三一年一一月一六日の調査期日において忽然被告の更生担保権に対し異議を述べているが、右異議はすでに確定した更生担保権に対するもので不適法である。

そして右被告の確定した更生担保権が更生担保権者表に記載されていることは前記認定のとおりであるところ、該記載は利害関係人全員に対し確定判決と同一の効力を有するから、原告はもはやこれを争いえないものといわなければならない。よつて原告の本件訴中本件各更生担保権不存在の確定すなわち前記異議の正当なことの確定を求める部分は不適法である。

次に原告はかりに被告の本件更生担保権がすでに確定しているとしても、右更生担保権すなわち本件抵当権および根抵当権の設定契約は詐害行為として取消さるべきものであるから本訴においてその取消を求める旨を主張するので、この点につき判断するに、

いわゆる詐害行為取消権は会社更生手続開始後は会社更生法上の否認権に転換し、かつ、その行使の権限は管財人に専属するに至るのであるから記録上明らかなように会社更生手続開始後なる昭和三一年一二月一五日に更生債権者たる原告の提起した本件訴中前記抵当権および根抵当権の設定契約の取消を求める部分もまた不適法である。

よつて、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水島亀松 平井哲雄 青木暢茂)

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